流れ流れていくのだ

前回のブログで息を吐ききる感覚について書きました。

その後、実生活で感じている変化の一つとしてお金の支払い方があります。

 

お金の支払い方が豪快になったとか、散財しまくってやるぜ!うひょー!

というわかりやすい変化ではなく、気持ちの上で変わった感覚があります。

 

これまでは支払いの時に、

「私の元を去っていくのね、寂しい…」

的な引っ掛かりがあったのですが、

最近は

「いってらっしゃ〜い。達者でな〜。ありがとよぉ〜。」

的な感じになってます。

 

自分の手元にあるお金が、自分のものだ。所有物だ。という感覚がなくなった気がします。

たまたま自分の前を流れている。というか。

 

でもこれ、お金に限らずなんですよね。

モノもそうだし、他人とのご縁もそう、その時々の自分もそう。

変化し続けるのが当たり前で、自分のものなんかないんだなぁ。と。

 

そう思えたら、一気に肩の力がストーンと抜けて、ワクワクしてきました。

TANDENさんも、はしゃいでいます 笑

 

そして、どうせ流れてるんだからテキトーで良いや。ではなく、丁寧に向き合いたいな。

そんな気持ちになってます。

呼気とともに委ねる

息を吐ききるのって怖くないですか?

 

僕は泳いでる時も息継ぎを頻繁にしていたし、瞑想の時も息を吐ききるということに苦手意識があり、身体が少し硬くなることを感じていました。

正直気持ちよくない…

 

その怖さが、今朝の瞑想でスコーンと抜けてしまいました。

 

体感としては最初は硬さを感じていたのですが、丹田から広がりを感じて自分の身体が包み込まれて溶け合って、心地良いなぁーと感じていたら、息を吐くことへの恐怖が消えていたのです。

 

呼気とともに大きなものに委ねているような。

「あ、委ねきっていいんだ。ぶん投げちゃっていいんだ(言い方悪い 笑)」

委ねきった先は、こんなに広くて深くて、安心出来る場所なんだ。と。

 

呼気=委ねる=安心感に気づくこと。

なのかな。

「放てば手に満てり」ってこういう感じなのかな。(おこがましい…)

 

放つと代わりに良いものが入ってくるわけではなくて、拡げた掌はすでに満たされてるんですよね。

世界って優しい。

 

 

ふっと浮かぶから油断ならない 笑

リアル遥子の部屋で感じていたことをふっと思い出した。

 

Aダイアローグが終わった後に遥子さんが、

「他人が話していることも、自分が話しているのと同じ」

という話をされていた。

 

これまで、肚から浮かんでくる言葉は、結局その個人の経験(知識も含む)からのものでしかないのではないか。

そのような疑問があったのだけれど、この話を聞いた時にパーっと開けた感じがした。

 

ただ一つのものが、その人というフィルターを通して出てきているだけなんだ。

 

なんか嬉しくなった。

ご縁に感謝

今日はリアル遥子の部屋にお邪魔してきました。

生ラジオ瞑想?あれ?日本語変だぞ?笑

に始まり、Aダイアローグ、お話会(飲み会?笑)と盛り沢山。

でも、時間が経つのはあっという間で、楽しい心地よい時間をいただきました。

 

僕が特に楽しかったのが、ダイアローグ。

なぜなら、こういう対話の場って日常にありそうでないから。

答えを出さないでいい、正解を求められないし、正解かを気にすることもない。というか正解なんかない。

ただお腹から湧き上がってくる言葉を口にする。

お腹から湧き上がってきた言葉を聞く。

なんて心地良いんだ。たまらん。

 

参加した方もおっしゃっていたけど、これまで何の接点もなかった人達が、同じ時に同じ場所に集まる不思議。

縁というのはほんとうに面白い。

参加者の皆さん、場を作ってくれた遥子さんとのご縁に感謝です。

遥子さんの在り方は今日も素敵でした。

開ききってる(言い過ぎ?笑)態度が皆をオープンに導いてくれたのだと思います。

いや〜、楽しかった!

 

 

やりたい でも こわい

お風呂に入っている時に突然の衝動に駆られ、

ブログを開設し、いま書いている。

きっかけとなったのは、小出遥子さんのツイートだ。

ブログを書くことが自己対話の時間になると綴ってあった。

ブログを書きたいという想いが自分の中に前からあったことには気づいていた。

しかし、その想いに気づかないフリをし続けてきた。

なぜなら、怖かったから。

今も怖い。

その芯にあるのは、ブログを書くという行為への恐さではなく、自分を開く、オープンにする怖さだ。

昨年からある場に参加して、自己開示する気持ち良さを感じた。

そして、生きやすくなった。

その場は、他人をジャッジしないことを前提としていている安心安全な場だ。

ジャッジしない。

これ、透明な目と一緒だ。

そう、ほんとはどこにいても何をしてても安心安全なんだ。

そう気づいたら、少し怖さが減った。

僕はいま、吸い寄せられるようにある事の実現に動いている。

それをしている自分がどっしりと肚にある感じだ。

でも、怖い。

でも、そんな怖さに気づいている。